2008年6月8日に起きた秋葉原無差別殺傷事件で、7人の命を奪い、10人を負傷させた加藤智大元死刑囚。
事件後に報じられた生い立ちを知り、「かわいそう」と感じる人もいます。
とくに、母親からどのような扱いを受けていたのか、公判で語られた内容には胸が痛みます。
ただ、生い立ちへの同情が、無関係の人たちを襲った行為を正当化することはありません。
この記事では、加藤智大がかわいそうと言われる背景について、母親との関係や本人の証言、裁判の判断をたどります。
加藤智大がかわいそうと言われる理由は?
加藤智大への同情を考えるうえで、注目されるのが幼少期の家庭環境と、成長後に深めていった孤独感です。
- 母親から受けたと語った、虐待にあたるような扱い
- 勉強や友人関係などへの強い干渉
- 仕事を転々とし、ネット掲示板に居場所を求めていた生活
なかでも、子ども時代の体験に心を痛める意見が見られます。
母親から受けた扱いが公判で語られた
2010年の公判を伝えた「しんぶん赤旗」によると、加藤智大は、食べるのが遅いと食事を床のチラシにぶちまけられ、そこで食べるよう求められたと証言しています。
ほかにも、九九を言えないと風呂に沈められたことや、幼いころにトイレへ閉じ込められたことなどを語りました。
ここで大切なのは、これらが本人が公判で語り、当時の報道が伝えた体験だという点です。
一連の話を、出典も示さずにすべて同じ確かさの事実として並べることはできません。
それでも、食事の場で屈辱を感じたという証言には、「厳しいしつけ」という言葉だけでは受け止めきれないものがあります。
勉強や交友関係への干渉も報じられた
FRIDAYの取材に対し、祖母は、母親が勉強を優先するよう強く求めていたと話しています。
同誌では、自宅に友人を呼ぶことが禁じられていたことや、母親に交際をやめるよう言われたという同級生の証言も紹介されました。
勉強だけでなく、人との付き合い方にまで親が強く関わっていたという報道です。
加藤智大は青森高校を卒業し、自動車整備に関係する短期大学へ進みました。
進学校に通っていたという経歴だけでは、家庭の中でどんな気持ちで過ごしていたのかは見えてこないのだと感じます。
ただし、家族や同級生による取材証言から、本人の心の動きすべてを説明できるわけではありません。
孤独感を深め、ネット掲示板に頼っていた
加藤智大は短大卒業後、警備会社や工場などで働き、職場を転々としていました。
その生活の中で、大きな位置を占めるようになったのが携帯電話のネット掲示板です。
公判を取材した渋井哲也氏の記事では、本人が掲示板の人間関係を家族になぞらえ、そこを自分の居場所と捉えていたことが紹介されています。
ところが、その掲示板で荒らしやなりすましが起き、自分の人間関係を奪われたように感じたと説明しました。
頼っていた居場所が壊れたと感じた苦しさに、自分の孤独を重ねる人もいるのでしょう。
ただ、掲示板でのトラブルから、そこに関係のない通行人への殺傷に向かったことには、到底納得できません。
加藤智大の母親との関係は?両親の証言も
家庭で何があったのかを考える材料は、加藤智大本人の話だけではありません。
2010年7月28日付の「しんぶん赤旗」は、両親への非公開の証人尋問の内容が、公判で読み上げられたと伝えています。
| 証言した人 | 報道された内容の要旨 |
|---|---|
| 母親 | 幼いころ屋根裏へ閉じ込めたことや、2階から落とすまねをしたことを説明 |
| 母親 | そうした行為を、しつけの一環だったと説明 |
| 父親 | 食事の扱いなどを異常だと思いながら、何も言わなかったと説明 |
子どもが怖い思いをしたと語る行為を、親がしつけとして説明していたことに、親子の受け止め方の大きな隔たりを感じます。
加藤智大自身は、公判で事件を親のせいにするつもりはないという趣旨の発言もしています。
母親の育て方だけを事件の原因と決めつけると、本人がなぜ無関係の人たちを襲ったのかという問いが抜け落ちてしまいます。
家庭環境の問題を見過ごさず、その後の本人の行動にも目を向ける必要があると感じます。
加藤智大の事件の動機は?裁判ではどう判断された?
最高裁判決は、加藤智大が社会への不満や孤独感を深め、ネット掲示板での嫌がらせなどに強い怒りを覚えて犯行に及んだ経緯を示しています。
そのうえで、動機や経緯に酌量の余地はないと判断しました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2008年6月8日 | 秋葉原で無差別殺傷事件を起こし、7人が死亡、10人が負傷 |
| 2011年3月 | 東京地裁で死刑判決 |
| 2012年9月 | 東京高裁が控訴を棄却し、死刑を維持 |
| 2015年2月 | 最高裁が上告を棄却し、同月に死刑が確定 |
| 2022年7月26日 | 39歳で死刑執行 |
判決は、事前に準備した計画的な犯行だったことや、被害の重大さ、遺族の厳しい処罰感情なども重く見ています。
事件で重傷を負った湯浅洋さんは、2022年のテレビ朝日の取材で、刑の執行だけで終わらせず、同じような事件を防ぐ取り組みを求めました。
加害者の背景を知ることには、次の被害を防ぐための意味もあるはずです。
だからこそ、本人のつらさを語るだけで、被害者や遺族が抱えてきた苦しみを見失いたくありません。
加藤智大の弟にも同情が寄せられるのはなぜ?
加藤智大の家族について語られる際には、事件に関与していない弟が受けた影響にも目が向けられています。
2014年の週刊現代では、弟が28歳で自ら命を絶ったことが報じられました。
その報道を取り上げた雨宮処凛氏のコラムでは、弟が職や住まいを転々とし、報道関係者の訪問や結婚への反対などに苦しんでいたと紹介されています。
犯罪を起こした本人の責任を、きょうだいまで背負わされることに、やりきれなさを感じる人もいるでしょう。
ただし、本人の死に至る事情を一つの出来事だけで説明することはできません。
この話題を、家族全員への非難や、弟の私生活を詮索する方向へつなげることは避けたいところです。
加藤智大がかわいそうという意見への世間の声
過去のX投稿では、生い立ちへの同情と、事件そのものへの評価について、次のような意見が確認できます。
以下は、投稿内容を要約したものです。
- 生い立ちには同情できるが、起こした事件には同情できない
- 幼少期の扱いを読むと、重大な事件を起こした人物でも同情したくなるほどつらい
- 複雑な生い立ちを踏まえ、更生を求めない死刑のあり方に疑問を感じる
確認した少数の投稿では、子ども時代の扱いに心を痛める意見に加え、同情の対象を生い立ちに限定する意見も見られました。
これらは投稿者それぞれの考えであり、世間全体の多数意見を示すものではありません。
2010年の公判報道では、傍聴した遺族が、生い立ちが不幸でも人を殺すことは許されないと訴えたことも伝えられています。
幼いころの本人を気の毒に思う気持ちと、被害者の命を奪った行為への怒りが、ともに生じることもあるのだと思います。
加藤智大についてよくある質問
最後に、事件の背景を読むときに誤解しやすい点を確認します。
職場で作業着を隠されたことが原因だった?
事件前、派遣先で作業着が見つからず、加藤智大が怒って早退したことが報じられています。
ただし、最高裁判決は、会社内の嫌がらせについて本人が受けたと思い込んでいたと記しています。
誰かが故意に作業着を隠したことを、確定した事実として書くのは適切ではありません。
友人がまったくいなかったの?
誰とも交流がなかったわけではありません。
事件後には元同僚が取材に応じており、掲示板でも人とのやりとりがありました。
周囲に人がいたことと、本人が孤独を感じていたことは、どちらも報道から読み取れます。
加藤智大はすでに死刑が執行されている?
加藤智大元死刑囚は、2022年7月26日に死刑が執行されています。
執行時の年齢は39歳でした。
まとめ
加藤智大がかわいそうと言われる背景には、母親との関係や、子ども時代に受けたと語った扱い、成長後の孤独感があります。
- 公判では、本人に加えて両親の証言も伝えられた
- ネット掲示板を大切な居場所と捉えていた
- 最高裁は、動機や経緯に酌量の余地はないと判断した
加藤智大元死刑囚のつらい生い立ちには同情を覚える面もありますが、奪われた命の重さや、被害者・遺族の苦しみを忘れることはできません。
また、母親の子育てについて厳しい意見があるものの、報道で伝えられた姿だけで、その人のすべてが分かるわけではありません。
事件の責任まで母親一人に負わせたり、家族への攻撃につなげたりすることは避けたいですね。
コメント